地元のレンタル店が閉店していた、本当の雑記というものを書きたくなった

地元のレンタル店が閉店していた、本当の雑記というものを書きたくなった

先日気づいていたら地元にあるレンタル店が閉店をしていて、中学生の時からちょこちょこと通っていた店がまた閉店してしまったという事実に少なからずショックを受けてしまった訳ですが。

確かに考えてみたら今や、HuluやAmazon Prime. Netflixで定額で映画見放題のサービスやAmazonで観たいビデオがワンクリックで観れてしまうですからね、しょうがないですよね。

中学生の時にレンタル店の会員カードを作った時の大人への階段の一つだと思っていたのですが今度はネットの会員登録が大人の階段の一つなるんですかね?

なんか時代の流れって本当に凄い。

DVDとかもう過去の遺産ですからね。「時代はBlu-ray」と矢沢永吉が言っていた時代ももはや懐かしいです。

もはや時代はデータで写真とか音楽とか映画も全てデータでございますよ。

その内食事もデータでできないですかね?

「ラーメン定食.zip ¥800-」みたいな感じで。支払いApple PayとBitcoin.Suica対応可です。そんな感じの時代も近いぜよ。

外出する頻度減ってません?

自問自答のように書いてしまうけど、明らかに外出する頻度は減っている気がする。

amazonで欲しいものは揃うし、その商品について知りたければネット調べる事もできるし、ご飯だってなんだったら出前で済んでしまう。

「インターネット万々歳」とか思う反面全人類引きこもりへと向かっておりますね。

江戸時代の人間1万人くらい呼び寄せて世直ししてもらいたいわ。

今考えたら、学校のシステム授業を全部アーカイブ方式で視聴できるようにしておいて、質問相談等の入力フォームを用意してしまえば学力を身につける事だってできる気がする。

しかしながら、なかなか私のような人間は強制力がないと動かないので、実際にそのようなシステムが出来上がった瞬間に授業など受けるはずもないので、ある程度の強制力を付け加える必要性もあるわけですね。

という訳で考えたのが「授業の間は勉強部屋とトイレにしかでれないオートロック機能付きの部屋」を自宅にもうければいい気がしてきましたわ。

もしくは授業を受けれなかったらその1日スマホなどのデバイスが使えなくなるとかいう感じの強制力。

そんな感じの未来もあるかもしれませんね。

時代に追いつきたくない

よく昔は携帯が出始めの頃に携帯の操作に四苦八苦しているおじさまやらおばさまやらを見るたびに「なんでこんな事もわからないんだろう」とか思っていたけど、今こうやって20代の後半になると、「もう、時代において行ってもらいたいわ…」とかいう気持ちにもなってくる。

二十代後半でこの考えはまずいような気もするけど、この考えもっている人もそれなりにいると思う。

だけど、社会という奴はそれを許してくれない。

新しいシステムが導入されれば、それを使用する事を強制されるし、使い方がわからなくても「ゴールまで一緒に走ろうぜ‼︎」という青春の1ページのような対応してくるか「奴はこの戦いにはついてこれないと思い呼ばなかった」と天津飯のようなセリフで社会から捨て去られてしまう。

という訳でみんな一度原始時代に還るか、先ほども書いたような江戸時代の人間1万人連れて世直し計画発動しないかなとか思うのでした。

おしまい。